どもども、
怒涛の過去振り返り編を書いているたっちゃんです。
前回の投稿で私は
中学の時に好きになった子に
数年越しの思いを伝えた結果
見事に惨敗したわけですが、
そのおかげで
自分の進路が決まりました。
「自分のことを理解するためには
心理学を学べばいいんだ!」
そういうわけで私は
心理学を学べる大学に無事進学。
大学時代の私は
一体どんなことを学び
何に気づくことができ
どういう人に出会うのか。
今回はそんな大学時代のことを
書かせていただこうと思います。
果たして
心理学を学んだ先に得たものとはなんなのか、
人見知りは治るものなのか、
自分自身の価値とは一体なんなのか…
今回はそんなお話。
目次
心理学を学んで分かったこと、分からなかったこと
『客観性』『再現性』『統計学』
幼少期から高校まで人見知りを極めていた自分は
「流石にこのままのコミュ力じゃ社会で生きていけない」
ということに気づき、
自分のことを理解するために
心理学科のある大学へ入学することになりました。
「大学で心理学を学んできた」
と言うと、
「心を操れるの?」
とか
「相手の深層心理を読める?」
とかときたま言われることがるんですが、
そんな超能力みたいなことはもちろんなくてですね(残念)。
心理学というのは『科学』の分野にあたるので
『客観性』と『再現性』を得るために『統計学』を用いります。
簡単にいうと
誰か見ても『そうだよね』って言える状況を
何度やっても『そうなるよね』って納得できるように
数字を使って『なせならば』という理屈を話す感じです。
例えば、
『人見知りの人は大衆を目の前にすると緊張して話せなくなる』
というのを実証するには
・人見知りを集めて大衆の前に立たせて
・どれくらい心拍数が上がっていて
・発語できるかどうかを確認する
というのを実験で証明するって感じです。
(この実験恐ろしいな…)
ただ、
「そもそも人見知りってどういう人?」
っていうのを知るには
まず人見知りを定義しなくてはならなくて、
その人見知りを判別するためのテストを作ったりするわけです。
そのテストというのはまず世の中でアンケートをとり、
そこから上位、または下位1%、5%、10%…というように分けることで
「その人は平均よりも〇〇であると言える」
って判断していくんですね。
※IQテストやEQテストなんてのがイメージしやすいかも
そうやって平均値と比べた時に
自分がどの位置にいるかを知る、
つまり、心理テストをすればするほど
『社会における自分の立ち位置』
が明確になっていくと言えるわけです。
※テレビとかでやってる「深層心理テスト!」みたいなのは全然別物
なので、授業を受ければ受けるほど
自分の社会における立ち位置ってのがわかってくるので
これはこれで一つの
『自分自身を理解する』
というものの答えではありました。
ただ、逆に言えば
「人と比べない限り自分というものを説明できない」
というのが
自分の中でスッキリしない部分として浮き上がってきたんです。
もう一つの答えを見つける
「人と比べない限り自分というものを説明できない」
そう悩んでいた自分は
大学とは別のところでその答えを出そうと試みました。
それが大学外のボランティアです。
たまたま授業で紹介されていたそのボランティアは
主に夏休みを利用して
障がいを持った子どもたちとキャンプをする
といったもの。
映像が流れた時に
「ここに関わったら何かわかるかもしれない」
と直感的に思えた自分は
そのボランティア団体に入ることを決めたのでした。
今思えば
誰も知らないところに飛び込むなんて
よくそんな勇気が出たなと思うのですが、
それだけ「今のままじゃダメだ」という
危機感があったんだと思います。
ボランティアのメンバーは20〜30人ほどだったのですが、
そこに集まるメンバーはほんといい人ばかりで
全然自己主張できない自分にも
とても優しく接してくれました。
また、キャンプの知識を始め
障がいを持ってる子どもたちとの接し方、
団体を運営するために必要な知識や
緊急事態の対処法、
企画の立て方などなど、
本当にいろんなことを学ばせていただきました。
そして迎えたキャンプ当日。
自分の受け持つ子たちと会い
親御さんとの挨拶も済ませ、
班行動を開始。
参加する子たちは全員障がいも異なり、
全く発語のできない子もいれば
常に落ち着きがなくずっと話してる子、
こだわりが強すぎてそれが崩れるとパニックになる子…
本当に様々な子たちがいました。
それぞれ特徴が強い分、
プログラムの遂行が困難なこともあれば
意図しないことで班全員で爆笑したり、
本当に濃い日々を過ごさせてもらいました。
そして、1年目の全キャンプが終わる頃…
改めてキャンプで起きたことや
乗り越えてきたこと、
やり終えた時の達成感を思い出した時に、
「周りと比べない価値というのが人にはある」
ってことに気づいたのです。
大学時代に得た『客観性』と『主観性』という価値
私が大学で学んできた心理学は
あくまでも
『客観性』と『再現性』、そして『統計学』が基準であり、
『平均と比べて自分はどの位置にいるか』
がわかるものでした。
逆に、ボランティアで行っていたことは
『目の前の子がどう感じているか』
『作ったプログラムはその子にとって何になるのか』
『子どもたちの笑顔が自分に何を感じさせてくれるのか』
といった『主観性』による価値観がとても重要だったんです。
自分の頭の中の
『普通はこうだろう』
『常識で考えたらこうだろう』
を一旦外し、
「その子が楽しいことはなんだ?」
「その子の成長とはなんだ?」
「その子の感じる価値とはなんだ?」
を見極めること、
つまり
「私にとって、どうなのか」
「あなたにとって、どうなのか」
それが最重要になる世界があったのです。
自分が求めていたのは
この『客観性』と『主観性』が両方伴った状態でした。
それに気づけた自分は
『誰もが見てわかる価値』
というものと
『その人だから感じる価値』
の両軸を大事にするべきだということに
気づくことができたのでした。
というわけで、
次回は珍しく
【客観性と主観性を自分の価値として変える方法】
についてお話ししようと思います。
さらに、その次は
【就職した会社で得られた給料は月8万?ブラックな会社の宗教じみた社風とは】
をお送りしようと思います。